大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)3718号 判決 1970年1月13日
原告
森田時弘
外二名
代理人
田万清臣
外三名
被告
大槻義幸
近畿電話印刷株式会社
近畿電電広告商事株式会社
石賀哲夫
代理人
赤鹿勇
外二名
主文
一、被告らは各自、原告森田時弘に対し金二九万四、〇〇〇円、原告森田カホルに対し金二九万七、六〇〇円、原告石原学に対し金一三万七、五九二円と、これらに対する昭和四二年五月二七日から右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。
一、原告らのその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
一、この判決の一項は仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
(原告ら)
「被告らは各自、原告森田時弘に対し金八一万七、六二〇円、原告森田カホルに対し金六九万九、二五〇円、原告石原学に対し金三七万七、五九二円およびこれらに対する昭和四二年五月二七日(不法行為の日)から右各完済に至るまで年五分の割合による金員(遅延損害金)を支払うこと。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言。」
(被告ら)
「原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。」
との判決。
第二、原告らの請求原因
一、傷害交通事故の発生
とき 昭和四二年五月二七日午前八時ごろ
ところ 大阪市大淀区国分寺町一番地附近路上
加害車 普通乗用自動車(被告近畿電電広告商事株式会社所有、被告大槻運転)
被害車 普通乗用自動車(原告石原運転)
被害者 原告ら
態様 信号待ちのため停止中の被害車に加害車が追突し、これに乗つていた原告らが受傷した。
二、被告らの責任原因
1、被告大槻 民法七〇九条
前方注視義務違反の過失により本件事故を惹起した。即ち、雨でフロントガラスが曇り、これを拭くことに気を奪われていたため、停止中の被害車を前方六メートル附近に近接して初めて発見し、制動操作をなしたが及ばなかつた。
2、被告石賀 自賠法三条
右被告は石賀商店の屋号で電話番号簿の廃品処理業を営み、被告大槻を雇用して加害車を自己のために運行の用に供していた。
3、被告近畿電話印刷株式会社
自賠法三条
右被告は被告石賀(石賀商店)にその製造する電話番号簿の廃品処理および同社の運送業務一切を請負わせ、しかも同社内に石賀商店の店舗を構えさせ同社取締役営業部長赤坂葆、印刷部長宮原敏夫、総務経理課長稲田薫治らを加害車でその出退勤時送迎させていた。本件事故時も同人らが出勤のため加害車に乗車中であつた。右事情から右被告会社は加害車を自己のために運行の用に供していたものである。
4、被告近畿電電広告商事株式会社 自賠法三条
右被告は事故車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。
三、原告らの損害
(一)、受傷内容および治療経過
1、原告森田時弘
頸部挫傷のため頭痛、目まい、肩こり、吐気を覚え、昭和四二年八月一八日から同年一一月九日まで(八四日間)通院治療。
なお、今もつて天候の悪い時期には首筋から頭にかけて痛みとも重みとも名状し難い苦痛と目まいを覚え、事故前の様に長時間の精神的緊張に耐えることができず、例えば三〇分以上続けて印刷物を読むこともできない有様で、これらが後遺症として残つている。
2、原告森田カホル
頸部挫傷のため頭痛、目まい、吐気、変声、手のしびれ、咳等の症状を覚え、昭和四二年五月二七日(事故当日)から同年六月一〇日まで(一五日間)入院し、同月一一日から同年一〇月二〇日まで(一三二日間)通院治療。
なお、現在も原告森田時弘と同じような後遺症になやまされている。
3、原告石原学
原告森田カホルと同様の受傷内容により、昭和四二年五月二九日から同年九月二三日まで(一一八日間)通院治療。<以下略>
第三、被告らの答弁ならびに主張
一、請求原因一(傷害交通事故の発生)の事実は認める。
二、同二(被告らの責任原因)につき
1、被告大槻に関する事実のうち、同被告が事故車を運転し折からの降雨で曇つたウインドガラスを拭いていたこと、同被告において急制動を施したが本件事故が発生したことは認めるが、その余は争う。
2、被告石賀に関する事実は認める。
3、被告近畿電話印刷株式会社に関する事実のうち、同被告会社が被告石賀をして原告ら主張の者を送迎させていたこと、同被告会社が加害車を自己のために運行の用に供していたことは否認し、その余は認める。
加害車は、当時大阪市北区芝田町二七番地第二山中ビル内「梅田プール」を夜間の格納場所とされていたため、石賀商店の店員において毎朝同所から同商店までこれを運転して持参し、夕刻同商店から右「梅田プール」まで運転して格納するならわしになつていた。右被告会社重役らは、朝夕の出退勤に際し、これに便乗していたに過ぎないものである。
4、被告近畿電電広告株式会社に関する事実のうち、同被告会社が事故車の所有者であることは認めるが、その余は争う。
三、同三の(一)(受傷内容および治療経過)の事実のうち原告らがそれぞれ頸部挫傷と診断されたことは認めるが、その余は不知、同(二)(損害額)の事実はすべて不知。
四、仮りに原告ら主張の責任原因事実が認められるとしても、本件事故は左のとおり不可抗力によつて生じたものであるから、被告らに賠償義務は存しない。
即ち、被告大槻は、四〇キロメートル毎時の速度で事故車を運転東進して事故現場に差しかかつたが、その前方二〇メートルの地点を制動灯を点灯して前進している被害車を認めて直ちに減速し、その車間一〇メートルに接近して被害車が停止しているのを発見しこれに続いて停止すべく強く制動をなしたところ、同被告の予期に反して路面がぬれていたせいでスリップし被害車の後部に事故車の前部が接触する形で衝突した。つまり、本件事故は雨のための不可抗力によるものであり、もとより被告大槻に過失はない。
第四、被告らの主張に対する原告らの答弁
被告らの不可抗力の主張は争う。
第五、証拠<略>
理由
一請求原因一(傷害交通事故の発生)の事実および同二の2(被告石賀の責任原因)の事実は当事者間に争いがない。
二そこで、その余の被告らの責任原因について審究する。
1、被告大槻について
<証拠>を総合すると、本件事故の状況は左のとおりであつたものと認められて、他にこれを覆すに足る措信すべき証拠はない。
「被告大槻は加害車を運転し(この点争いがない)、本件事故現場の手前を約四〇キロメートル毎時の速度で東進中、その前方約五〇〜六〇メートル附近を先行している被害車を認め、そのまま自車の前面ガラスの曇りを雑布様のもので拭きながら進行を続け(この点争いがない)、右被害車の後方約一〇メートル附近に達したころ、被害車が信号待ちのため停止していることを初めて発見し、その後方に停止すべく制動操作をなした(この点争いがない)ところ、折からの雨で路面がぬれていたため、制動の効果がなくスリップし、被害車の後部に追突し(この点争いがない)、同車を数メートル前方へ押し出した。」
右事実からすると、本件事故は、被告大槻が自動車運転者として、絶えず前方を注視して先行車の動静に注意し、当時雨で路面がぬれていたのであるからその制動距離は乾燥している場合のほぼ二倍を要することを念頭において安全な運転をなすべき注意義務を怠つた過失に原因して生じたものといわざるを得ない。加害車が雨のためスリップしたことをもつて直ちに不可抗力による損害の発生とは到底なしがたいところである。されば、同被告が民法七〇九条により原告らのこうむつた後記損害の賠償義務を負担すべきこと明らかである。
2、被告近畿電話印刷株式会社について
<証拠>を総合すると、左の事実が認められて他にこれを左右するに足る措信すべき証拠はない。
「被告石賀哲夫(三九才)の営む個人企業たる石賀商店は、被告近畿電話印刷株式会社が製造する電話番号簿の廃品処理部門を下請しているもので、その店舗を同会社内におき、(以上は当事者間に争いがない)加害車を同被告会社代表者が代表取締役である被告近畿電電広告商事株式会社から買受ける手筈をなし同社幹部の者を同商店の用いている右加害車で毎日朝晩同社から最寄りのターミナル駅まで送迎していた。事故当日も、普段と同様被告大槻において右会社内石賀商店から加害車を運転して大阪駅に向い、同社経理課長稲田薫治ほか一名(同社部長)を乗せ、更に大阪市天神橋六丁目にて同社幹部一名を乗せて守口市梶町一丁目の同社に向う途中であつた。」
右事実からすると、経験則に照らし同被告会社としては右石賀商店をして専属的下請業者としてその企業の一部門を担当させ、石賀商店としてもその存立の基礎を同被告会社に依存しているという密接な実質関係(高度依存関係)にあつたものと推認することができ、少くとも、反覆継続的に同社幹部の出退勤時、右石賀商店の被用者が事故車でこれを送迎する業務を執行している限りにおいて同被告会社は従属的地位にある石賀商店の被用運転手に対して直接に或いはその監督責任者を通じて間接にこれを指揮支配し得る地位にあつたものと推認することができる。されば、一般の運転手つき貸借の場合とは異り被告大槻において右のとおり同被告会社幹部を加害車で送迎する業務遂行中における加害車の運行は、右石賀商店のためであると同時に被告近畿電話印刷株式会社のためのものでもあり、同被告会社はその限りにおいて被告石賀と共に加害車の運行供用者であるというべきである。以上の理由により同被告会社は自賠法三条により原告らのこうむつた損害を賠償すべき義務がある。
3、被告近畿電電広告商事株式会社について
同被告会社が加害車の所有者であることは当事者間に争いがないところ、これから運行支配の喪失等運行供用者でないことの抗弁が出されていないから、右自白と相容れない被告石賀の供述はあるけれども、右被告会社は加害車を自己のために運行の用に供しているものと推定せざるを得ない。それ故、同被告も亦自賠法三条による賠償義務を負うものである。
三原告らの損害
(一)、受傷内容および治療経過
原告三名につき、後遺症の点を除きいずれもその主張のとおりの受傷と治療を受けたこと(但し、実通院日数につき、原告時弘は二四日、同カホルは昭和四二年六月一二日から三三日、原告石原は一五日)は、<証拠>によつて認められて他にこれを左右するに足る証拠はなく、その後遺症についてはいずれもこれを認めるに足る措信すべき証拠がない。
(二)、損害額
1、原告森田時弘 合計二九万四、〇〇〇円
(1)、収入減 認められない。
<証拠>によると、同原告主張の経緯により、売上高が減少したことが認められるけれども、他方、原告森田カホルの食堂経営における役割は配膳、後片付、出前等で別段特殊な技能を要するものとは思えず、後記認定の訴外宮本康子、荻野敏子らをその代替者として雇入れることによつて充分補い得たものとみることができ、その売上高にしても、開店当初の三二万五、一八〇円に対し、同年七月の二二万七、〇〇〇円を最低にほぼ二十数万円を前後しているものであるから、経験則に照らし、当初の水揚げこそいわゆる開店景気を示しているに過ぎず、その後その規模における正常な売上高を示すに至つたものと考えるのが至当である。
(2)、臨時雇人費用 一五万四、〇〇〇円
<証拠>によると、本件事故のため左の臨時雇人費用を要したことが認められて、他にこれを左右するに足る証拠はない。
宮本康子 昭和四二年五月二八日から同年六月一〇日まで。日給一、〇〇〇円。費用合計一万四、〇〇〇円。
荻野敏子 同年六月一一日から同年一〇月三一日まで。日給一、〇〇〇円。この間の稼働実日数を一四〇日として費用合計一四万円。
なお、同原告主張の石原文子は、食堂業務には従事しなかつたことを同原告本人尋問において自陳している。
(3)、慰藉料 一〇万円
<証拠>によつて認められる同被告の主張事実のほか、諸般の事情を考慮した。
(4)、弁護士費用 四万円
本件事案の内容、損害額、その他弁論の全趣旨を考慮し、被告において負担すべき弁護士費用は右の金額が相当であると認める。
2、原告森田カホル 合計二九万七、六〇〇円
(1)、入院中の諸費用
(イ)、食事代 認められない。
特別食を要しなかつた旨の証人佐々木郁次の証言に徴し、相当性を欠く。
(ロ)、食事運搬費 認められない。
右と同様。
(ハ)、入院中の必需品購入代四、五〇〇円
入院期間(一五日)中一日三〇〇円の割合による諸費用を要したものと認めるのが経験則上至当である。
(ニ)、附添人費用 九、一〇〇円
<証拠>により、医師の立場から一週間の附添看護の必要が認められて、その旨指示されたことが認められるから、その範囲で<証拠>によつて認められる前記荻野敏子の附添費用を採用する。
期間 一週間
日給 一、〇〇〇円
雑費 一日三〇〇円
(2)、家事手伝人に要した費用
九万四、〇〇〇円
<証拠>により、その主張のとおりの事実が認められるところ、証人佐々木郁次(医師)の証言によれば、昭和四二年一〇月一六日ごろ治癒と判断される状態であつたことが認められる。したがつてすでに同年一〇月からは家事のみの軽労働には従事し得る状況にあつたものと推認されるから、期間を同年六月一日から同年九月末までの中の一二〇日間とする。
(3)、慰藉料 一五万円
前記傷害の部位、程度、治療期間その他諸般の事情を考慮した。
(4)、弁護士費用 四万円
原告森田時弘と同一理由。
3、原告石原学 合計一三万七、五九二円
(1)、欠勤による給与の減少 一万七、五九二円
<証拠>を総合すると、その主張のとおりの損害を認めることができ、他にこれを左右するに足る措信すべき証拠はない。
(2)、慰藉料 一〇万円
前記傷害の部位、程度、治療期間その他諸般の事情を考慮した。
(3)、弁護士費用 二万円
原告森田時弘と同一理由。
四、結論
被告らは各自、原告森田時弘に対し二九万四、〇〇〇円原告森田カホルに対し二二九万七、六〇〇円原告石原学に対し一三万七、五九二円と、これに対する本件不法行為の日である昭和四二年五月二七日から右各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
よつて、原告らの本訴請求のうち、右の部分は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。(中村行雄)